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2008.08.27 Wed
 夏目漱石の面白さがどうもよくわからない。本ならたくさん読んできたので読書力はあるつもりでいたんだけど、なんだか悔しいので古本屋で買った100円の文庫本で読み返してみている。

 はじめて「こころ」を読んだのは16歳のころだった。文章もきれいで登場人物や登場する風景もよかったけど、結局何が面白いのかと聞かれると答えられなかった。飽きないけど、ものすごく面白いというわけでもない、これが僕の感想だった。
 物語は序盤から伏線の連続で、最後に先生の手紙で謎明かし、という展開となる。しかし、構成として先生の手紙のあとに私(語り手)が登場しないのは16歳の僕にも尻切れとんぼ状態に思えてならなかった。語り手の主人公はどこに行ったんだ?結局、主人公は観察者としての役割しかなかったの?と思い、ちょっと不憫にすらおもってしまう。
 そう考えていくうちに物語の前提にまでさかのぼってみると、この物語は私という主人公が先生になんとなく惹かれていくことで話が動きはじめるんだけど、そもそも主人公が先生に惹かれた理由がよくわからない。
 人として尊敬できたからというわけでもない、面白いからというわけでもない、先生のもつ秘密・伏線が気になって仕方ないからというわけでもないみたいだ。僕が思ったのは主人公が先生に対して感じた愛情こそが惹かれた原因だと思う。愛情といってもいろいろある。ペットの犬が飼い主の周りをしっぽ振りながら駆け回るというのも愛情のひとつだ。だけど、この物語の語り手の大学生はそういう駆け回る子犬のような無条件の愛情を持ってるのかとかんがえるとどうも違うような印象を受ける。子犬ならそばにいるだけで楽しいと思うかもしれない、だけどこの主人公は時には先生の謎に興味を持ったり、奥さんとの仲を探ってみたりしていて、無邪気な子犬の愛情というより、探偵まがいの目線も持ち合わせていたりする。
 では、この物語の語り手さんはどういうつもりで先生になついているのだろう?僕が今読み返して考えたのは「先生と私」が同性愛だから、という仮説だった。最初の鎌倉の海水浴のシーンを読み直してほしい。私は無聊だった(暇だった)うえに、先生と以前会ったような気がしてならなかったらしい。だけどそれだけの理由でこんなにも先生のことを追いかけるだろうか。鎌倉の記述のほとんどが先生へ近づくためのコトゴトに費やされていて、語り手さんが必死すぎるような気がする。だけどこれを先生への同性愛として考えるとどうも納得できてしまう。それから東京での出来事なども読み進んでいくと、何気ない記述が同性愛としてのスレスレのやり取りに思えてきてしまう。
 はっきり言ってこの読み解き方が正しいかはわからない。だけど、同性愛の小説として「こころ」を読んでいったほうが断然面白く読めるのは確かだと思う。そこからいろんな読み解き方が広がるし、退屈じゃなくなる。ぜひ試してみてほしい。

 読み出してまだ50ページほどだけど、以前疑問に思ったことをこの先もう一度考えてみたい。
●「下 先生と遺書」でどうして「私」が遺書の受取人になれたのか?
●先生はなんで今頃死ぬことをきめたのか?
今、思い出せたのはこれくらい。

 同性愛小説というのは今はBL小説というんだっけ?読んだことないんだけどね。
 夏休みの宿題で「こころ」の読書感想文を書かされる子供たちはこの僕の記事を参考にすると良い点数がもらえると思うよ。この記事のコピペや書き写しは自由なので、さっさと写して読書感想文を終わらせよう!(ウソ)

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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学
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